
山崎種二
⇒『私の履歴書(9)』を読む!!
山崎種二は1893年群馬県の農家に生まれました。
1907年岩平村小学校高等科2年修了。翌年上京し、回米問屋・山繁商店に入店。小僧をしているときに米殻取引に通じ大儲けします。
1924年独立を果たし、山崎種二商店を創設します。米相場において「売りの山種」で盛名を馳せます。
1933年株式市場に進出、山崎種二商店を設立。米とは逆に「買いの山種」で基礎を固め、その後、「売りの山種」の異名をとります。
1940年には辰巳倉庫(現・ヤマタネ)を創業。
1944年山崎証券を設立し、自ら社長に就任します。戦後は東京証券取引所理事、全国米殻商組合会会長などを務め、兜町の相場師として知られました。
一方、種二は、戦前より近代日本画の収集に努めました。それとともに横山大観・川合玉堂・上村松園・小林古径・竹内栖鳳をはじめとする日本画の大家との親交も重視します。その一人、横山大観より「金儲けされるのも結構だが、この辺で世の中のためになるようなこともやっておいたらどうですか」と言われたことが契機となって、1966年に近・現代日本画専門の山種美術館を設立します。安宅コレクションの速水御舟作品の一括購入、また奥村土牛作品の収集など、種二のコレクションは質・量ともに比類のないものです。自伝『そろばん』(1972)があります。
1983年永眠、享年90歳。
⇒『私の履歴書(9)』を読む!!